
シリア、アサド体制崩壊後の「公正への脆弱な戦い」:残された課題と未来への展望
シリアは、バシャール・アサド政権が崩壊してから1年が経過した。国民の期待は、過去の不正義に対する公正の実現と、平和で安定した国家の再建へと向けられている。しかし、新たな指導部は、司法プロセスの遅延や不十分さに対する国民の不満という、依然として脆弱な平和を脅かす危険に直面している。本記事では、アサド体制崩壊後のシリアにおける「公正への脆弱な戦い」の実態を分析し、今後の展望を探る。
崩壊後のシリア、公正を求める声
司法への遅延と国民の不満
2024年12月のバシャール・アサド政権崩壊から1年。 interim大統領アーメド・アル・シャラア氏は、「国民平和の達成」と「シリアの血を流した犯罪者の訴追」を最優先課題として掲げた。しかし、この1年間は宗派間の衝突が markedに増加し、「報復殺害」とされる事案も急増している。シリア人権監視団(SOHR)によると、2025年11月までに1,301人が「報復行為」で死亡したと報告されている。これには、3月にシリア沿岸部で発生した虐殺(国連報告によると主に民間人1,400人が死亡)や、7月に発生したドルーズ派とベドウィン系コミュニティ間の衝突(数百人死亡、大半がドルーズ派)は含まれていない。
移行期正義のジレンマ
移行期正義を担当する国家委員会の委員長であるアブデル・バシット・アブデル・ラティフ氏は、司法プロセスの停滞がもたらすリスクを認識している。「移行期正義のプロセスが適切に開始されない場合、シリア国民は自分たちの方法に訴えるだろう。それは我々が望まないことだ」と彼は語る。アトランティック・カウンシルのイブラヒム・アル=アシール氏は、これを移行期正義においてしばしば見られるジレンマ、「正義の追求か、平和の維持か」であると指摘する。「どちらが先か?両者は協力して進む必要があると認識することが非常に重要だが、理想的な状況は決してない。」
30万人の行方不明者と家族の苦悩
アサド政権下で強制失踪したとされる約30万人の行方を捜査する国家委員会も設置されている。行方不明者の数は10万人以上と報告されることが多いが、行方不明者担当国家委員会の委員長であるモハメド・レダ・ジャルヒ氏は、その数は約30万人に上ると考えている。アサド政権崩壊後、この数字は増加の一途をたどっており、国連人権高等弁務官事務所は「数十人の誘拐と強制失踪に関する憂慮すべき報告を受け続けている」と述べている。強制失踪されたシリア人の家族たちは、埋葬地の発見だけでなく、最低限、政府からの情報提供を求めている。アクティビストのワファ・アリ・ムスタファ氏は、「少なくとも私たちとコミュニケーションを取り、何をしているか教えてほしい」と訴える。
証拠収集と司法プロセスへの道のり
シリア紛争発生以来、国際司法・説明責任委員会(CIJA)は、政権幹部にまで結びつく戦争犯罪の証拠となる130万件以上の文書をシリア国外に持ち出す活動を行ってきた。これらの文書は、かつての政権の諜報機関や警察署から、戦闘地域や治安が確保された地域から慎重に運び出されたものである。しかし、これらの証拠を基にした公開裁判には、まだ時間がかかる。アサド時代の法制度は改革途上にあり、法整備、行政インフラ、裁判官、そして資源が必要であると、シリア・フォーラムのダニー・アル=バアジ副会長は指摘する。それでもなお、シリア国民の間には「これらの公開裁判、移行期正義プロセスの開始を、私たち全員が見たい」という強い期待感が存在する。
アサド体制崩壊後のシリア:「正義」を巡る複雑な現実と希望
アサド体制崩壊後のシリアは、新たな国家建設の希望に満ちている一方で、過去の不正義に対する「正義」の実現を巡り、複雑な課題に直面している。特に、移行期正義のプロセスは、国民の期待に応えることと、国家の安定を維持することとの間で、極めて繊細なバランスを要求される。
報復の連鎖と国家の安定
司法プロセスの遅延は、国民の不満を募らせ、「報復殺害」のような悲劇を生む土壌となっている。これは、移行期正義の原則である「過去の清算」と「将来の平和構築」という二つの目的を達成することの難しさを示唆している。特に、Fadi Saqr氏のような、過去に重大な人権侵害に関与したとされる人物が、国家の安定化を名目に「安全な通過」を与えられた事実は、被害者感情を逆なでし、司法への信頼を揺るがしかねない。
長期的な視点と国際社会の役割
約30万人に上るとされる行方不明者の捜査や、大規模な証拠収集は、膨大な時間と資源を必要とする。シリア新指導部が、これらの課題に効果的に取り組むためには、国内の体制整備はもちろんのこと、国際社会からの技術的・財政的支援が不可欠となるだろう。CIJAが収集したような証拠の活用は、将来的な訴追に向けた重要な一歩であるが、それが国民の信頼回復に繋がるかは、プロセス全体の透明性と公平性にかかっている。
未来への希望、しかしその道のりは険しい
アサド政権崩壊は、シリアにとって新たな時代の幕開けである。しかし、国民が長年求めてきた「正義」の実現は、容易な道のりではない。遺族が墓標を訪ね、家族を悼むことさえできない現状は、シリアが抱える痛ましい現実を浮き彫りにしている。国民の期待に応え、真の和解と平和を築くためには、粘り強い努力と、公正な司法プロセスへの揺るぎないコミットメントが求められる。シリアの「公正への戦い」は、まだ始まったばかりである。