
生物多様性喪失に「変革」を! IPBES報告書が示す、未来への5つの戦略と私たちの役割
地球の生物多様性がかつてない規模で失われ、その影響は私たちの生活に深刻な影を落としています。過去50年間、直接的な原因とされる生息地の破壊、過剰な搾取、気候変動、汚染、外来種などの影響は増大し、生物多様性の喪失を加速させてきました。このような状況を受け、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)は、持続可能な開発目標(SDGs)と「2050年生物多様性ビジョン」達成のためには、変革(トランスフォーマティブ・チェンジ)が必要であると結論づけています。本稿では、この「変革」とは何か、なぜ過去の取り組みが失敗したのか、そして持続可能な未来へ向かうための具体的な戦略と、私たち一人ひとりが果たせる役割について解説します。
なぜ生物多様性の保全は「変革」を必要とするのか
過去の生物多様性保全の取り組みが目標を達成できなかった主な理由は、その根本原因に対処してこなかったことにあります。生物多様性の喪失を加速させる直接的な要因の根底には、私たちの社会や文化に深く根ざした、相互に関連し合う要因が存在します。これには、自然との断絶や自然の支配といった考え方、富と権力の集中、そして短期的な個人の利益を優先する姿勢などが含まれます。これらの要因は、経済的・政治的な不平等や、持続不可能な消費・生産パターンを生み出し、変革への障壁となっています。
自然との断絶と支配
自然から切り離され、自然を支配しようとする考え方は、自然の持続不可能な利用や搾取、そして周縁化された人々やコミュニティの土地・労働力の収奪を助長します。これは、経済的利益を優先する構造を生み出しています。
富と権力の集中
少数の人々の手に富と権力が集中することは、彼らの行動が生物多様性の喪失を不均衡に加速させる一因となっています。例えば、世界人口のトップ1%が約40%の富を保有する一方、下位50%はわずか1.85%しか所有していないという現状があります。
短期的な個人の利益の優先
短期的な個人の物質的利益を優先する傾向は、長期的な社会・生態系の持続可能性よりも、個人の欲求や利益を優先させます。これは、人間の幸福や満足を物質的な富の蓄積と同一視する経済・社会システムによって永続化されています。
持続可能な未来への5つの戦略
こうした根本原因に対処し、公正で持続可能な世界を実現するためには、5つの主要な戦略とそれに伴う行動が不可欠です。これらの戦略は、考え方、組織、実践のあらゆるレベルでの根本的なシステムシフトを伴います。
1. 生物文化的多様性の保全と回復
文化的に重要であり、かつ生態学的に価値のある場所の保全、回復、再生を重視します。地域主導の保全活動などの生物文化的なアプローチは、先住民や地域の伝統的な知識とガバナンスシステムを尊重し、力を与えることで、生態系の維持と文化的多様性の強化を同時に図ることができます。
2. 主要セクターにおける生物多様性配慮の統合
農業、漁業、林業、インフラ、エネルギーといった、環境負荷の大きいセクターに生物多様性への配慮を統合することが重要です。例えば、アグロエコロジーへの移行は、食料安全保障の向上、生物多様性の回復、小規模農家のエンパワーメントに繋がります。また、再生可能エネルギーのような技術革新も、公平性と持続可能性の原則に基づけば、自然を支えることができます。
3. 経済・金融システムの変革
経済・金融システムを、自然と公平性に資するように変革します。これには、環境コストの内部化、財政ツールの改革、そして成功の指標を生態系の完全性と社会的公平性を考慮するようにシフトさせることが含まれます。GDPのような従来の経済指標から、より包括的な幸福度指標への転換は、開発の方向性を持続可能性に再調整するのに役立ちます。
4. ガバナンスの改革
包括的で、説明責任があり、適応的なガバナンスを確立し、多様な主体間の正当性と協調を構築することが不可欠です。共有された計画、相互説明責任、多様な知識システムの尊重を促進する制度的枠組みは、変革的な成果を支援し、トレードオフをより良く管理します。
5. 社会的な視点と価値観の転換
教育、コミュニケーション、社会運動を通じて、人と自然の相互接続性を認識し、規範と行動を変革することが鍵となります。システム思考、自然への感謝、共感を統合したカリキュラムは、公正で持続可能な世界を創造し、その中で繁栄できる次世代を育成します。先住民の知識を取り入れ、新たな社会的想像力を共創することも、この移行を強化します。
「変革」を推進する私たちの役割
生物多様性の喪失の根本原因に対処し、持続不可能な進路を変えるためには、これらの5つの戦略と行動が不可欠です。そして、この「変革」は、政府、企業、市民社会、そして私たち一人ひとりの協力によって推進されます。政府は、政策の一貫性を促進し、自然に有益な規制を強化し、革新的な経済・財政ツールを展開し、有害な補助金を段階的に廃止し、国際協力を推進することで、強力な推進力となります。企業は、持続可能なサプライチェーン、自主的な情報開示、先住民や地域社会、小規模生産者との関与などを通じて、持続可能性ソリューションを促進できます。市民社会組織は、市民を動員し、政府や企業に説明責任を求め、公共の議論を活発化させ、持続可能性のための革新的なモデルを開発してきました。科学者を含むアクター連合の分析は、変革の可能性を実現する上で、その力と潜在力を明らかにしています。
生物多様性の喪失と軌道を同じくする持続不可能な変化の軌道に対処するために、変革は緊急に必要とされています。IPBESの「変革に関する評価」は、2050年生物多様性ビジョンの達成に必要な戦略と行動において、誰もが役割を果たすことができることを強調しています。この評価結果は、公正で持続可能な世界に向けた変革を追求するための、あらゆるレベルでの協調的な取り組みへの緊急の行動喚起であり、知識の源泉なのです。
考察:変革は「可能」であり、私たちの手の中にある
IPBESの報告書が示すように、生物多様性の喪失は喫緊の課題ですが、絶望する必要はありません。変革は「可能」であり、それは単なる理想論ではなく、具体的な戦略と行動に基づいています。過去の失敗は、根本原因へのアプローチが不十分であったことを示唆していますが、それは同時に、私たちが今後取るべき道筋を明確に照らしています。
変革を阻む構造と、それを乗り越える鍵
「自然との断絶と支配」「富と権力の集中」「短期的な個人の利益の優先」という3つの根本原因は、現代社会の多くの課題の根源にあります。これらは、経済成長至上主義や、人間中心主義的な価値観と深く結びついています。しかし、報告書が示すように、これらの構造は絶対的なものではありません。生物文化的多様性の尊重、経済システムにおける公平性と持続可能性の重視、そしてガバナンスの民主化と透明性の向上といった戦略は、これらの構造に挑戦し、乗り越えるための具体的な道筋を示しています。
私たち一人ひとりの「力」の再認識
最も重要なメッセージの一つは、変革が「すべての人」の役割であるということです。政府や大企業だけでなく、私たち一人ひとりの日々の選択や行動が、大きな変化を生み出す可能性を秘めています。例えば、消費行動の見直し、地域活動への参加、そして持続可能なライフスタイルへの意識的な移行などが挙げられます。これらの個々の行動が、社会全体の規範や価値観を変え、より大きな変革の波へと繋がっていくのです。報告書で引用されている2,800以上の市民運動の事例は、市民の力が社会変革に不可欠であることを物語っています。
未来への希望と、積極的な関与の重要性
「2050年生物多様性ビジョン」やSDGsといった目標は、単なる理想の提示ではなく、達成可能な未来へのロードマップです。このロードマップに沿って、私たちは「考え方」「組織」「実践」のあらゆるレベルで変革を推進していく必要があります。IPBESの「変革に関する評価」は、そのための科学的根拠と具体的な行動指針を提供してくれます。この知識を基盤とし、私たち自身が主体的に変革に関与していくことが、生物多様性が豊かで、すべての人々が公正に暮らせる持続可能な世界を実現するための鍵となるでしょう。
まとめ
生物多様性の喪失は、私たちの文明の基盤を揺るがす深刻な危機ですが、IPBESの報告書は、変革は可能であり、かつ緊急であることを示しています。根本原因に立ち返り、5つの戦略に基づいた具体的な行動を、社会全体で、そして私たち一人ひとりが推進していくことで、公正で持続可能な未来を築くことができます。この変革への道は、希望に満ちており、私たちの積極的な関与によって、必ず実現できるのです。