
「皆と同じ結果は求めていない」医師が金融知識を武器に創薬で60億ドル企業を築いた物語
金融から製薬へ:異色の経歴を持つリーダー
Herriot Tabuteau医師は、医学と金融という異分野の知識を融合させ、Axsome Therapeuticsを設立しました。イェール大学医学部で培った医学的知見と、金融業界での20年にわたる経験を活かし、治療法開発が困難とされる脳疾患に焦点を当てる戦略を打ち出しました。自身がCEO兼科学的創設者として、会社の方向性と科学的信頼性を確立。ベンチャーキャピタルに頼らず、友人や家族からの支援で会社を立ち上げた「皆と同じことをすれば、皆と同じ結果しか得られない」という信念は、窓のないオフィスから始まったAxsomeを、現在61億ドルの時価総額を持つ企業へと導きました。
Axsome Therapeutics:希望をもたらす革新的なポートフォリオ
神経細胞の「軸索」と「体細胞」にちなんで名付けられたAxsome Therapeuticsは、強力な薬剤ポートフォリオを構築しました。現在3つの薬剤が市場にあり、5つの薬剤がパイプラインで進行中です。これにより、うつ病、ADHD、アルツハイマー病などに苦しむ推定1億5千万人のアメリカ人に希望を提供しています。直近12ヶ月の収益は4億9500万ドルで前年比70%増ですが、純損失も計上しています。しかし、アナリストは同社のピーク売上高を165億ドルと予測しており、これは現在のトップ25製薬会社に匹敵する規模です。この目標達成には、2028年までに5つの新薬をFDA承認に導くという野心的な計画が不可欠ですが、これは極めて困難な挑戦でもあります。一般的に、第III相臨床試験でFDAプロセスに進む薬剤の成功率は約25%に過ぎません。
レジリエンスを力に:タブーテュ医師のイノベーション戦略
ハイチでの幼少期に経験した逆境が「レジリエンス(回復力)」を教えてくれたと語るタブーテュ医師。マンハッタン移住後、科学に囲まれた環境で育ちました。当初は脳神経外科医を目指していましたが、教授たちの幸福度の低さに影響を受け、金融業界へ転身。ウォール街での経験から、多くのバイオテック企業の成功と失敗を観察し、「何が機能し、なぜ機能するのか」についての独自の理論を形成しました。多くの企業が単一薬剤に注力する中、彼は薬剤ポートフォリオの構築によるリスク軽減に着目。さらに、臨床試験のアウトソーシングを避け、社内で低コストかつ高成功率の試験を実施できると見込みました。第III相試験には数千万ドルがかかるものの、タブーテュ医師はコストを30~50%削減できると試算。投資家からの懐疑的な意見にもかかわらず、複数の薬剤を並行して進めることで、試験間の移行をスムーズにし、効率的な開発体制を構築しました。
AuvelityとSunosi:成功を支えたブレークスルー
Axsomeの大きな転換点となったのは、うつ病治療薬「Auvelity」でした。2022年8月のFDA承認後、株価は1週間で65%上昇し、時価総額は30億ドルに達しました。Auvelityは2つの既存薬を組み合わせたもので、従来の抗うつ薬が効果を発揮するのに6~8週間かかるのに対し、わずか1週間で効果を発揮し始めるという画期的な利点があります。同社は、通常よりも少ない165人の営業担当者をソフトウェアと連携させ、効果的な医師を特定し、最適なコミュニケーション手段を判断させることで、効率的な販売戦略を展開しました。Auvelityは今年5億ドルの売上を見込み、アナリストはブロックバスター(売上10億ドル超)薬になると予測しています。また、特許訴訟の解決により、少なくとも2038年まで模倣品市場への参入を防ぐことに成功しました。
タブーテュ医師の金融手腕も光りました。2022年には、ナルコレプシーや睡眠時無呼吸症による日中の過眠症治療薬「Sunosi」を買収。わずか2週間で5300万ドル(+ロイヤリティ)での買収契約をまとめ、その1年以内に欧州、中東、北アフリカの権利を6600万ドル(+マイルストーンとロイヤリティ)で売却し、投資額を回収しました。Sunosiの年間収益は現在1億ドルを超えています。MizuhoのアナリストGraig Suvannavejh氏は「非常に賢明な財務取引でした」と評価しています。
株価も上昇を続け、過去1年間で35%上昇し、Nasdaq Biotech Index(同期間1%上昇)をアウトパフォームしました。次に注目されるのは、アルツハイマー病に伴う興奮状態を治療する薬剤です。現在唯一の治療法である抗精神病薬は、死亡リスクを含む深刻な副作用がありますが、Axsomeの薬剤はこれらの副作用を回避する可能性があります。第III相臨床試験の結果は混在していますが、Axsomeは9月末までに承認申請を行う予定です。
FDAの承認は確実ではないものの、アナリストは抗精神病薬への代替薬としての必要性から承認される可能性が高いと予想しています。これは、タブーテュ医師の165億ドル達成計画の核心であり、Auvelityの年間売上高を10億~30億ドル、アルツハイマー病興奮薬の年間売上高を15億~30億ドルと予測しています。「パイプラインや私たちが支援できる患者の数において、私たちの前にはまだ多くのことがあります」と彼は語ります。「規模は小さいかもしれませんが、ファンダメンタルズや野心の面では小さな会社ではありません。」
成功への道のりから学ぶ教訓
独立したイノベーションの精神
タブーテュ医師の起業家精神は、1979年のForbes誌が紹介した独立発明家Robert Lester氏の精神と対比されます。Lester氏は約50の米国特許を保有し、数多くの革新的なアイデアを持っていましたが、タブーテュ医師ほどの市場での成功には至りませんでした。Lester氏が自身の快適な生活に満足していたのに対し、今日の技術的に進んだ状況において、独立発明家が直面する課題と機会の減少が、タブーテュ医師の製薬業界での成功能力と際立った対比をなしています。
発明の進化する風景
1979年のLester氏の視点は、現代のイノベーションの状況にも通じます。ヘンリー・フォードのような「ガレージでの有益な試行錯誤」の時代は、ほとんど過去のものとなりました。Lester氏の関心は発明そのものにあり、特許申請を完了する前に興味を失うことも少なくありませんでした。これは、持続的なビジネスと科学的リーダーシップを発揮するタブーテュ医師の姿勢とは対照的です。タブーテュ医師の成功は、科学的イノベーション、戦略的なビジネス開発、そして神経系の健康における重大な未充足医療ニーズへの対応という、市場ニーズへの深い理解との重要な相互作用を示しています。
将来展望:Axsomeの野心的なパイプライン
将来の見通しと市場への影響
Axsomeの将来は、特にアルツハイマー病に伴う興奮を治療する薬のFDA承認にかかっています。第III相臨床試験の結果は混在していますが、抗精神病薬のリスクを考慮すると、代替薬への需要が承認を後押しするとアナリストは予想しています。タブーテュ医師は、Auvelityとアルツハイマー病治療薬がそれぞれ年間10億~30億ドル、15億~30億ドルの売上を達成すると予測しており、同社の野心的なビジョンを裏付けています。Axsomeは、規模は小さいかもしれませんが、堅固なファンダメンタルズと大胆な野心によって特徴づけられており、膨大な患者層に対応し、脳の健康に大きな影響を与えることを目指しています。