
仕事がないのに自分を責めるのはなぜ? 雇用の不安定時代に問われる「自己責任論」の落とし穴
「仕事がない」状況に自己責任を感じる心理の背景
個人の能力に帰結させがちな現代社会
現代社会では、成功も失敗も個人の努力や能力次第であるという「自己責任論」が根強く浸透しています。そのため、職を失った際にも、それは自分の能力が足りなかったからだと結論づけてしまいがちです。しかし、経済の低迷、産業構造の変化、予期せぬパンデミックなど、個人の力ではどうしようもない要因が失業に大きく影響している場合も少なくありません。
「有能であるべき」という内面化されたプレッシャー
社会全体で「常に生産的でなければならない」「成果を出し続けなければならない」というプレッシャーが、個人の内面にまで深く浸透しています。仕事がない、つまり「生産できていない」状態は、この内面化された規範に反するため、自己肯定感を著しく低下させ、自分を責める原因となります。これは、特にキャリア志向の強い人や、自己のアイデンティティを仕事に強く結びつけている人々に顕著に見られます。
社会的支援の不足と孤立感
失業という困難な状況において、十分な社会的・経済的支援が得られない場合、人々は孤立し、さらに自己を責める傾向が強まります。公的なセーフティネットが不十分であったり、周囲の理解が得られなかったりすると、「自分だけがうまくいっていない」「自分には価値がない」という感覚に陥りやすくなります。
「仕事がある」ことが善、と無意識に捉えている
社会全体として、「仕事がある」状態が「善」、すなわち成功や価値の証であるという無意識の価値観が存在します。この価値観に照らし合わせると、仕事がない状態は「悪」や「失敗」と捉えられ、それが自己否定につながります。この根深い価値観こそが、外的要因による失業であっても、個人の責任として捉えてしまう要因の一つと言えるでしょう。
仕事がない状況に「自己責任」を求めることの危険性と今後の展望
「自己責任論」がもたらす本質的な課題
仕事がない状況を個人の責任に帰結させることは、根本的な課題解決を妨げます。失業の原因が経済構造や産業構造の変化にある場合、個人がどんなに努力しても状況は改善しません。むしろ、自己否定に陥ることで、精神的な健康を損ない、再就職に向けた前向きな行動も阻害されてしまう可能性があります。これは、個人だけでなく社会全体の活力を削ぐことにもつながりかねません。
社会構造への視点転換が不可欠
今後は、個人の能力や努力だけに焦点を当てるのではなく、雇用を創出する社会構造や、変化する経済に対応できるような教育・再訓練システムの整備といった、より大きな視点での対策が求められます。失業は個人の問題ではなく、社会全体で取り組むべき課題であるという認識の共有が、この問題を克服する第一歩となるでしょう。
「働けない」のではなく「働く機会がない」という理解の促進
「働きたくても働けない」という状況を、「能力がないから働けない」と誤解するのではなく、「社会や経済の状況によって働く機会がない」という事実に目を向けることが重要です。この視点の転換は、当事者の精神的な負担を軽減し、建設的な解決策を見出すための土台となります。公的な情報発信やメディアの報道においても、この点を明確に伝える努力が期待されます。