ASD質問票は「箱」に収まらない:自閉症女性・ジェンダーダイバース当事者の声から探る、より良い評価への道

ASD質問票は「箱」に収まらない:自閉症女性・ジェンダーダイバース当事者の声から探る、より良い評価への道

ウェルネスメンタルヘルス自閉症ジェンダー心理測定診断自己報告

現在、自閉症スペクトラム(ASD)の診断や研究において、心理検査は重要な役割を果たしています。しかし、従来のASDの自己記入式質問票は、特に自閉症の女性やジェンダー・ダイバースな(性自認が出生時の性別と異なる)人々にとって、その経験を十分に捉えきれていない可能性が示唆されています。本研究は、これらの人々が既存の質問票をどのように認識し、どのような経験が測定から漏れているのかを深く掘り下げています。

既存のASD質問票への認識と課題

ステレオタイプな描写

本研究では、ASDの特性を測定するために広く用いられている3つの質問票(AQ-10、RAADS-14、BAPQ)について、自閉症の女性および出生時に女性とされたジェンダー・ダイバースな人々の視点から、その妥当性を評価しました。参加者の多くは、質問票がASDを主に幼少期の男性に見られるステレオタイプな特性に偏って記述しており、女性やジェンダー・ダイバースな人々の経験を反映していないと感じていました。例えば、「特定のカテゴリーの物事に関する情報を集めるのが好き」といった質問は、幼い男の子のイメージを想起させ、成人女性の経験とは乖離があるとの意見がありました。

ニュアンスの欠如

質問が過度に具体的すぎたり、逆に一般的すぎたりするため、個々の多様な経験を捉えきれないという指摘がありました。特に感覚過敏に関する質問では、音に対する過敏性のみに焦点が当てられがちで、他の感覚や過敏性・鈍感性の両側面が考慮されていないことが問題視されました。

自己洞察の要求

質問の中には、他者との比較や自己の行動・認識に対する深い自己洞察を求めるものが多く、これが回答を難しくしているという意見がありました。特に、自身の行動が「マスキング(社会的な場面で自閉症の特性を隠すための戦略)」によるものであるかを正確に判断することの難しさが指摘されました。

非ASDフレンドリーなプロセス

質問票への回答プロセス自体が、詳細な分析を必要とするASDのある人々にとって精神的に疲弊するものであることが示されました。また、回答選択肢の曖昧さや、質問の意図を正確に理解するための専門知識の必要性も課題として挙げられました。

質問票の関連性を高めるための要素

マスキング

参加者は、特に女性において、社会的な期待に応えるためにASDの特性を隠す「マスキング」行動は、質問票に含めるべき重要な要素とされました。しかし、マスキングの概念自体を認識していない場合や、それが自身のアイデンティティの一部となっている場合があるため、質問の仕方には工夫が必要であるとされました。

内面的な経験

行動の観察だけでなく、ASDの「なぜ」に焦点を当てた内面的な経験を問う質問の必要性が強調されました。これには、内面化されたパニック(メルトダウンやシャットダウン)や、過剰な共感、強い正義感などが含まれます。

日常生活スキルと反復行動

食習慣、儀式的な行動、感覚過敏(特に食品のテクスチャー)、そしてそれらが日常生活に与える影響についての質問が不足していることが指摘されました。これらの反復行動は、マスキングによるストレスや燃え尽きを軽減するための代償的手段となりうるため、測定に含めることが有効であるとされました。

人間関係のナビゲーションと脆弱性

ASDのある女性やジェンダー・ダイバースな人々が経験する、友人関係の維持の難しさ、社会的なグループからの出入り、他者からの利用や搾取に対する脆弱性についての質問が不足していることが指摘されました。

強い共感性と公正さ

ASDのある人々、特に女性は、しばしば強い共感性や、不正に対する強い嫌悪感を持つことが示唆されており、これらの側面を質問票に含めることの重要性が挙げられました。

ASD質問票のジェンダーバイアスと「多様なASD」の測定

本研究の結果は、現在広く使用されているASDの自己記入式質問票が、その内容妥当性において、特に自閉症の女性や出生時に女性とされたジェンダー・ダイバースな人々に対して不十分である可能性を強く示唆しています。これは、これらの質問票が、ASDを主に幼少期の男性に見られる、より観察可能な特性に基づいて構築されているためと考えられます。しかし、ASDの概念は進化しており、その表現も多様であることが明らかになっています。したがって、質問票もこの多様性を反映するように進化する必要があります。単に「男性向け」「女性向け」の質問票を作成するのではなく、ASDのスペクトラム全体を、より包括的かつニュアンス豊かに捉えることができる、新しい測定ツールの開発が求められています。特に、マスキング、内面的な経験、そしてASDの多様な表現(例えば、特定の興味の質や、共感性の個人差など)を考慮した質問項目の追加は、測定の精度と公平性を向上させる上で不可欠です。

今後の測定ツールの開発に向けた提言

本研究で示された参加者の意見は、ASDの測定ツールの開発における重要な指針となります。まず、質問票は、ASDの「欠損」や「障害」という側面に焦点を当てるのではなく、ASDのある個人の経験を尊重し、肯定するような、より中立的または肯定的な言葉遣いを採用すべきです。次に、質問の具体性と一般性のバランスを取り、多様な文脈での行動や経験を考慮に入れる必要があります。さらに、回答者が自身の経験を正確に反映できるよう、質問の意図を明確にし、必要に応じて補足情報を提供することが重要です。応答スケールも、より明確で区別しやすいものへと改良されるべきです。将来的には、これらの質問票の結果は、あくまでスクリーニングや初期評価のためのものと位置づけ、診断や理解においては、質的なアプローチや、当事者の自己理解を深めるための対話が補完的に不可欠となるでしょう。

画像: AIによる生成