
アメリカの「ダム撤去」ブーム:川を自由にし、自然と共存する新たな未来への道
なぜアメリカは数千基のダムを撤去し、川を自由に流れるようにしているのか?
背景:ダム建設の歴史と川の変容
アメリカでは、数世紀にわたり数多くのダムが建設されてきましたが、近年、老朽化したこれらの堰き止め構造物を撤去し、川を本来の姿に戻す全国的な運動が広がっています。かつて、川は製粉、製材、製鉄、そして電力供給の源として利用され、その流れは人々の生活や産業に不可欠なものでした。しかし、このダム建設の歴史は、淡水域の生物多様性の喪失という大きな代償を伴いました。アメリカの魚類の約40%が絶滅の危機に瀕し、20世紀以降だけでも61種が姿を消しています。ダムは、魚類の産卵や生育に必要な上流への移動を妨げ、土砂や栄養分の供給を遮断することで、河岸や海岸の浸食を招き、 riverside plants の成長を低下させるなど、生態系に深刻な影響を与えてきました。
現状:ダム撤去の進展と多様な理由
現在、アメリカでは約2,200基のダムが撤去されており、その多くは過去25年間に実施されています。この動きは、単に環境保護のためだけではありません。老朽化したダムの維持管理には莫大な費用がかかり、2021年のアメリカ土木学会(ASCE)の報告によると、連邦以外のダムの修繕に1650億ドル、連邦ダムに270億ドルの費用が必要とされています。また、低水路ダム(Low-head dam)では、その特殊な水流により年間約1,400人もの溺死者が出ており、公共の安全確保も重要な課題となっています。さらに、気候変動による異常気象の増加は、ダムの安全性を脅かし、大規模な洪水被害や復旧費用の増大を招くリスクを高めています。一方で、ダムの多くは水力発電に利用されておらず、発電に貢献しているのは全体のわずか3%に過ぎません。水力発電はクリーンエネルギーと見なされがちですが、ダムや貯水池はメタンなどの温室効果ガスを排出する可能性も指摘されています。
課題と展望:持続可能な未来への河川再生
ダム撤去の動きは、環境保護、公共の安全、経済性といった複数の側面から推進されています。特に、かつてダム建設によって土地や資源を奪われた先住民コミュニティにとっては、失われた食料主権、条約上の権利、文化資源、そして故郷を取り戻すための重要な一歩となります。例えば、ワシントン州のエルワ川では、ダム撤去によって生態系が回復し、人々の生活にも良い影響を与えています。American Riversのような団体は、2050年までに30,000基のダムを撤去し、300,000マイルの河川を自由に流れるようにすることを目指しています。この目標達成には、水力発電業界を含む、これまでとは異なるパートナーシップの形成も重要です。ダムの撤去は、単に川を元に戻すだけでなく、食料生産、クリーンエネルギー、そして地域社会のあり方について、新たな可能性を切り開くものです。それは、私たち人間が互いに、そしてこの地球に対して、より良い隣人となるための道筋を示唆しています。
進化する河川管理:ダム撤去がもたらす新たな可能性
河川生態系の回復と生物多様性の再生
ダムの撤去は、長年にわたり分断されてきた河川生態系に活気を取り戻すための最も直接的な手段です。ダムによって遮断されていた魚類の回遊経路が再開されることで、産卵場所へのアクセスが容易になり、種群の維持・回復が期待されます。また、ダムによって滞留していた土砂や栄養分が下流へ供給されるようになると、河岸の植生が豊かになり、そこに生息する多様な生物群集にとっても、生息環境の改善につながります。このように、ダム撤去は、河川の自然な機能を回復させ、絶滅の危機に瀕している多くの水生生物に、生存の機会を与える重要な取り組みと言えます。
地域社会と自然の再接続:文化・経済的恩恵
ダムによって失われていた川の姿や音を取り戻すことは、地域住民にとっても大きな意味を持ちます。多くの人々は、自由に流れる川の姿を知らずに育ってきましたが、ダム撤去は、人々が自然と再び触れ合い、その価値を再認識する機会を提供します。これは、漁業、観光、レクリエーションといった分野での新たな経済活動の創出につながる可能性も秘めています。特に、ダム建設によって土地や水資源へのアクセスを制限されてきた先住民コミュニティにとっては、文化的なルーツを取り戻し、経済的な自立を達成するための重要なステップとなり得ます。失われた水辺の景観や、そこで育まれてきた文化的な営みが復活することで、地域社会全体の活力向上に貢献することが期待されます。
未来への架け橋:持続可能な水資源利用と共存の模索
ダム撤去の経済的合理性と安全性へのシフト
ダム撤去が進む背景には、老朽化による維持管理費用の増大や、それに伴う安全性のリスクがあります。近年、多くのダム所有者は、経済的な合理性と安全性を考慮し、低パフォーマンスの資産であるダムの撤去を選択するようになっています。これは、かつては対立関係にあった環境保護団体と水力発電業界の間で、協力関係が生まれつつあることを示唆しています。ダム撤去は、単なる環境保護活動ではなく、安全性と経済性を両立させる現実的なアプローチとして、その重要性を増しています。今後、このような経済的・安全保障的な観点からのダム撤去は、さらに加速していくと予想されます。
「自由な川」が示す、より良い未来への道筋
アメリカにおけるダム撤去の動きは、私たちが水資源をどのように利用し、自然とどのように共存していくべきかという、より大きな問いを投げかけています。それは、食料を生産し、クリーンなエネルギーを生み出し、そして社会を発展させていく上で、川の生命を犠牲にすることなく、絶滅を加速させることなく、コミュニティの誰一人取り残さない、という新たな道筋を示しています。この「自由な川」の流れは、私たち人間が互いに、そしてこの地球という惑星に対して、より良い隣人となるための可能性を秘めているのです。