
サウジアラビアの現代アートシーンを牽引するディリヤ・ビエンナーレ:移動する芸術と文化の未来
サウジアラビアの現代アートシーンにおいて、ディリヤ・ビエンナーレは、単なる美術展を超えた、地域社会との対話を促進するプラットフォームとして進化しています。2026年2月に開催された第3回ディリヤ・コンテンポラリー・アート・ビエンナーレ「Interludes and Transitions」は、「移動」を単なる比喩ではなく、文化生産の主要な原動力として捉え、その探求を深めています。これは、急速に拡大する文化インフラの中で、地域に根差した文化のあり方を模索する試みと言えるでしょう。本記事では、このビエンナーレが提示する独自の視点と、それがサウジアラビアの文化にとって持つ意味を探ります。
内容紹介
ビエンナーレを彩る「行列」:文化と融合するアートの幕開け
ディリヤ・ビエンナーレのオープニングは、乾いた川床から始まりました。伝統的なラクダと現代的な四輪駆動車が並走し、砂漠の風景に融合する様子は、新旧の文化が共存するサウジアラビアの姿を象徴していました。太鼓の響きとラッパーのパフォーマンスが融合する中、観客は街を練り歩き、アートとの一体感を深めました。この「行列」は、単なるイベントではなく、ビエンナーレ全体のテーマである「移動」が文化を生成するという考え方を具体的に表現したものでした。これは、美術展のオープニングを、より地域に根差した祝祭的な体験へと昇華させる試みです。
「移動」をテーマにしたキュレーション:文化の生成と伝達
キュレーターのノラ・ラジアンとサビフ・アーメドは、アラビアの詩が砂漠の移動のリズムから生まれたという着想を得て、本ビエンナーレのキュレーションを行いました。「行列」を人々、物語、商品、あるいはバクテリアの移動といった多様な解釈で捉え、展覧会場であるJAX地区の広大な倉庫空間を、これらのテーマを探求する5つのセクションで構成しました。各セクションは「Disjointed Choreographies」、「A Hall of Chants」、「A Collective Observation」、「A Forest of Echoes」と名付けられ、作品同士が相互に影響し合うような空間デザインが施されています。これにより、来場者はアートとの新たな関係性を体験することになります。
サウジアラビアの文化インフラの急速な拡大
ディリヤ・ビエンナーレは、サウジアラビアの文化インフラが急速に拡大している時期に開催されています。2020年の設立以来、ディリヤ・ビエンナーレ財団は、現代アートビエンナーレとジッダのイスラム芸術ビエンナーレという2つの主要な展覧会で100万人以上の観客を動員しました。文化省は2018年以降、360の文化関連職業を国家職業分類に追加し、文化セクターは経済に大きく貢献しています。このような背景の中、ビエンナーレは、多くの訪問者にとって現代アートに触れる最初の機会となる、国内最大の現代アートプラットフォームとしての役割を担っています。
多様な表現が交錯する展示空間
本ビエンナーレでは、難民キャンプでの体験を描いた13歳の子供時代のドローイングを巨大に再現したペトリット・ハライの作品や、プエルトリコのロイズァ出身のアーティスト、ダニエル・リン=ラモスによる、ハリケーン・マリアやパンデミックの影響を反映した巨大なアッサンブラージュ彫刻などが展示されています。また、医療用ガーゼを用いて、ガザでの出来事を想起させるハゼム・ハルブの作品や、絶滅危惧言語で歌われるオペラをキノコ菌糸体の彫刻で表現したヌール・モバラクの作品など、多様なテーマと表現方法を持つ作品が紹介されています。さらに、電子廃棄物から作られた幾何学的なネットワーク作品や、サウジアラビアのインターネット黎明期をたどる出版プロジェクトなど、テクノロジーと文化の関わりを探る作品も含まれています。
考察文
「移動」を核とするディリヤ・ビエンナーレ:文化の再定義と未来への展望
ディリヤ・ビエンナーレは、「移動」というテーマを通して、現代アートの展示方法、そして文化のあり方そのものに新たな視点を提供しています。単に作品を展示するだけでなく、その制作プロセスや伝達方法、そしてそれが地域社会に与える影響までを包括的に捉えようとする姿勢は、今後の文化イベントのあり方に重要な示唆を与えます。
移動する文化:過去から未来への響き
本ビエンナーレのキュレーターたちが「この地域から考えている」というアプローチは、サウジアラビアの文化が、単に西洋文化の模倣ではなく、独自の歴史的・地理的文脈の中で発展してきたことを示唆しています。砂漠の移動から生まれた詩のように、現代アートもまた、地域特有の「移動」の経験と深く結びついています。ペトリット・ハライの難民キャンプでのドローイングや、ダニエル・リン=ラモスのハリケーン後の作品、さらには電子廃棄物から生まれたアートなど、これらの作品は、個人的な経験や社会的な出来事が、どのように文化的な表現へと昇華されていくかを示しています。これは、過去の出来事が現代に「響き」となり、未来への新たな文化を形成していくプロセスを可視化しています。
公共空間とアートの融合:社会との新たな関係性の構築
ビエンナーレのオープニングで行われた「行列」や、公共空間に設置されたインスタレーションは、アートを美術館やギャラリーといった閉鎖的な空間から解放し、より多くの人々が参加できる「開かれたプラットフォーム」としての役割を強調しています。特に、アグスティナ・ウッドゲートによる、地域固有の灌漑システムに着想を得た水道施設は、インフラそのものをアートとして提示し、日常生活における「移動」と「循環」の重要性を問いかけます。これは、アートが単なる鑑賞の対象ではなく、社会的な課題や共有された経験についての対話を生み出す触媒となり得ることを示しています。急速に文化インフラを拡大するサウジアラビアにおいて、このような公共とのエンゲージメントを重視するアプローチは、文化の持続的な発展にとって不可欠となるでしょう。
文化インフラの未来:アートフェアではなくビエンナーレを選ぶ意味
サウジアラビアが、アートフェアではなくビエンナーレから大規模な現代アートイベントを開始したという事実は、非常に象徴的です。アートフェアが市場の論理に強く影響されるのに対し、ビエンナーレはより広範な芸術的・文化的な探求を可能にします。これにより、次世代のアーティストたちは、短期的な商業的成功だけでなく、より長期的な視点での芸術的発展を目指すことができます。さらに、リヤド大学とロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートの提携は、教育と文化交流を通じた人材育成へのコミットメントを示しており、サウジアラビアの文化インフラの発展が、教育機関との連携によってさらに加速される可能性を示唆しています。ディリヤ・ビエンナーレは、単なるアートイベントに留まらず、サウジアラビアの文化がグローバルな舞台で独自の存在感を放つための、重要な礎となるでしょう。