建築家の悲鳴:なぜ報酬は下がり続け、業界は「底辺への競争」に陥ったのか?

建築家の悲鳴:なぜ報酬は下がり続け、業界は「底辺への競争」に陥ったのか?

キャリア労働環境建築手数料業界給与評価

建築業界において、低報酬は長年にわたり建築家たちの不満の種となってきました。多くの国で、建築家たちは自身の労働に見合わない報酬、過重な労働、そして専門職としての尊敬の欠如に直面しています。この問題は、建築事務所の収益性の低さと密接に関連しており、専門職全体の健全性を脅かす深刻な課題となっています。

報酬低下の歴史的背景と構造的要因

かつての安定から自由競争へ

かつて、建築家の報酬は、王立英国建築家協会(RIBA)などの専門機関が定める料金表によって安定していました。しかし、20世紀後半の市場自由化の流れの中で、これらの料金表は廃止され、競争法(独占禁止法)の適用を受けるようになりました。英国では1982年にRIBAの料金表が勧告的なものとなり、後に調査データに基づいた緩やかな指針へと変化し、2009年には情報提供自体が停止されました。米国でも、米国建築家協会(AIA)が連邦政府から2度の訴訟を起こされ、料金表の策定や言及が制限されました。

「底辺への競争」の発生

こうした公的な料金ガイドラインの消失は、建築事務所間の秘密裏かつ過酷な入札プロセスを招き、結果として「底辺への競争」を生み出しました。マーク・タフ氏(Sergison Bates)は、「この統制の欠如は、事務所が仕事を受注しようとする中で、必然的に底辺への競争を助長する」と指摘しています。スイスやドイツのように、依然として「標準料金」に関するガイダンスや政府承認の料金スケジュール(ドイツのHOAIなど)が存在する国では、比較的報酬水準が保たれていますが、それ以外の多くの国では、価格競争が常態化しています。

専門職としての自己評価の低さと価値の伝達不足

報酬低下の背景には、建築家自身が専門職としての価値を十分に伝えきれていないという課題も指摘されています。ペギー・デイマー氏(イェール大学)は、「私たちは、美的な側面だけに焦点を絞ることで、建築という専門職の敬意を失ってしまった」と述べ、自己評価の低さが報酬交渉における弱さにつながっていると分析しています。多くの建築家はデザインへの情熱は持っていても、ビジネス運営や収益性の向上には必ずしも意欲的ではなく、それが報酬交渉の場で不利に働くことがあります。

パーセンテージフィーの問題点

建築家がクライアントから報酬を得る主な方法には、時間単価、固定報酬、そしてプロジェクト総コストに対するパーセンテージがありますが、最も一般的なパーセンテージフィーは、プロジェクトの複雑さや必要な労力と報酬額の間に直接的な関係を築きにくいという問題があります。プロジェクトの進行中に予期せぬ問題が発生し、作業時間が増加しても、追加報酬が適切に支払われないケースが多く、特に小規模な事務所では赤字プロジェクトとなるリスクを抱えています。

今後の展望と課題

報酬メカニズムの再考と価値の可視化

建築業界の報酬問題の解決には、報酬メカニズム自体の見直しが必要です。例えば、建物の断熱性能や防水性といった具体的な成果に報酬を連動させる試みが提案されていますが、これはまだ実現には程遠いと考えられています。より重要なのは、建築家が提供するデザインの価値を定量化し、クライアントに明確に伝える能力を高めることです。これは長年にわたる課題であり、専門職団体や個々の建築家が取り組むべき喫緊のテーマです。

保護された専門職から「通常の市場」へ?

ペギー・デイマー氏は、建築家のライセンス制度を廃止し、より「通常の市場」で専門知識を主張できるようにすべきだと、論争を呼びそうな提案をしています。一方で、建築家登録を建設プロジェクトに義務付けるといった、より厳格な規制を求める声も上がっています。英国政府がそのような措置を検討しているとの報道もあります。いずれにせよ、競争法に抵触することなく、専門職としての適正な報酬を確保するための、業界全体での戦略的なアプローチが求められています。

国際的な比較と「良い慣行」の共有

スイスやドイツのように、専門職としての地位が確立され、報酬水準が高い国々の事例を分析することは、他の国々にとって有益な示唆を与える可能性があります。欧州建築家評議会(ACE)は、各国における報酬慣行の影響を分析し、競争法に準拠した「良い慣行」を特定して、将来の政策議論の基盤とすることを目指しています。国際的な情報共有と連携を通じて、建築業界全体の報酬水準の向上と、専門職としての価値再認識が進むことが期待されます。

画像: AIによる生成