
ナン・ゴールディン「This Will Not End Well」展:人生の愛と喪失を写す、感動のスライドショー回顧録
ナン・ゴールディンの大規模なスライドショー回顧展「This Will Not End Well」が、ミラノのピレリ・ハンガー・ビコッカで開催されています。一見、不吉なタイトルとは裏腹に、この展覧会は、愛、喪失、家族、友情、暴力、喜びといった人間のあらゆる経験を網羅し、生命力に満ちた感動的な体験を提供します。本記事では、このユニークな展覧会の内容と、ゴールディンの作品が持つ普遍的な力について掘り下げます。
ゴールディンの人生賛歌、スライドショーの宇宙
『The Ballad of Sexual Dependency』から最新作まで
ナン・ゴールディンは、その生々しく個人的な写真を通して、親密さ、脆弱性、そして人間関係の複雑さを捉えてきました。本展の中心となるのは、彼女の代表作である『The Ballad of Sexual Dependency』をはじめとするスライドショー作品群です。これらの作品は、単なる写真の羅列ではなく、選曲された音楽と共に提示されることで、物語と感情が一体となった没入感を生み出します。「写真と写真を並べるという行為は魔法であり、物語を瞬時に生み出す」と語るゴールディンは、700枚を超える写真で構成される『The Ballad of Sexual Dependency』において、無数の物語と記憶の断片を提示し、鑑賞者に豊かな人生の万華鏡を見せます。
映像作家としての側面を初公開
本展は、ゴールディンの映像作家としての側面を初めて本格的に紹介するものです。特に、イタリアでは初公開となる2作品が展示され、さらに本展のために制作された没入型サウンドインスタレーションも加わり、その展示空間は特別なものとなっています。彼女の作品は、アリシア・ヴィクセンの「A Little Love Song」やヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ヨーコ・オノなど、多様なミュージシャンの楽曲とともに鑑賞者の感情を揺さぶります。
神話と現代社会を繋ぐ『Stendhal Syndrome』
2024年のアルル写真フェスティバルで話題となった『Stendhal Syndrome』も展示されています。この作品では、古典的な絵画や彫刻のイメージと、友人や愛する人々のポートレートが対比されます。ゴールディンは、オウィディウスの『変身物語』から着想を得た神話を、自身のクィアな視点を通して再解釈し、現代社会の文脈へと落とし込んでいます。
ゴールディンが問いかける、人間性と未来への眼差し
紛争と悲劇への静かなる抗議
ゴールディンは、作品を通して社会的なメッセージを発信し続けるアーティストでもあります。2024年にベルリンで開催された同展では、イスラエル政府の行動を非難する力強いスピーチを行いました。ミラノ展でも、ガザ地区の人々のSNS映像やニュース映像で構成された新作映画が上映され、痛ましい現実を観客に突きつけます。この静かなる映像作品は、言葉を失うほどの悲劇を、観る者に「目をそらさないで」と訴えかけているかのようです。
動物への愛と人間中心の世界への疑問
一方で、ゴールディンは「This Will Not End Well」というタイトルに反して、生命を肯定する作品も生み出しています。新作『You Never Did Anything Wrong』(2024)は、日食が動物によって太陽が盗まれるという古代の神話に着想を得た、動物たちへの愛のメッセージです。彼女は「人間がいない、動物だけの世界。それが私が本当に望む未来」と語り、人間中心の世界観に疑問を投げかけます。この作品は、自然界の純粋さへの希求と、現代社会への静かなる批判を含んでいます。
関係性から生まれる写真、愛と勇気の記録
共同キュレーターのロベルタ・テノーニは、ゴールディンの写真撮影が「関係性から生まれる」ものであり、単なる記録ではなく「感情とコミュニケーション」であると述べています。暗闇の中で、プロジェクターの光と次々と映し出されるイメージに包まれながら、観客はゴールディンの作品に込められた、力強く、勇敢な愛を感じ取ることができます。それは、人生の喜び、悲しみ、そしてそのすべてを包み込む、揺るぎない愛の記録と言えるでしょう。