
APWOT:ゲーム雑誌が「イベント」になるまで - 丁寧な制作と熱狂的なファンが織りなす世界
ゲームコンテンツが急速に消費され、使い捨てられる現代において、APWOT(A Profound Waste of Time)は、印刷媒体としてその流れに逆行し、独自の存在感を示しています。10年間でわずか4号しか発行されていないにも関わらず、読者は次の号を心待ちにし、そのリリースは一種のイベントとなっています。APWOTは、ゲームを単なる娯楽ではなく、文学や芸術と同等に深く掘り下げる雑誌であり、その成功の裏には、丁寧な制作プロセスと熱狂的なファンコミュニティの存在がありました。
創刊の背景:ゲーム雑誌への渇望
APWOTは、グラフィックデザインとコミュニケーションを学んでいたキャスパー・ウィスラー氏が、大学時代に抱いた「ゲームに関する質の高い印刷媒体がない」という思いから生まれました。映画や音楽、文学には質の高い雑誌が存在する一方で、ゲーム業界にはそのようなものが不足していると感じていたウィスラー氏は、ゲームの芸術性や文化性を真剣に掘り下げる雑誌を創ることを決意しました。
苦難の始まり:ZINEからKickstarterへ
APWOTの起源は、カレッジでのプロジェクトから始まりました。ウィスラー氏は、ゲーム業界の伝統的な規範を覆すようなZINE(自主制作の小冊子)を制作し、それをオンラインフォーラムで公開しました。Destructoidのようなサイトで紹介されたことで注目を集め、読者から購入希望の声が寄せられたことが、APWOTを本格的なプロジェクトへと発展させるきっかけとなりました。初期のZINEは無料で配布されていましたが、より質の高い制作と、イラストレーションを多用した独自のアプローチを実現するため、Kickstarterでの資金調達を選択しました。その結果、目標額を大幅に上回る支援が集まり、APWOTはゲーム出版業界における「最良の秘密」としての地位を確立しました。
独自のアプローチ:イラストレーションと丁寧な制作
APWOTの大きな特徴は、スクリーンショットではなく、オリジナルのイラストレーションを多用している点です。ウィスラー氏は、印刷媒体の強みを活かし、ゲームの世界観を再解釈したビジュアルを提供することで、読者に新たな視点を与えようとしています。また、各号の制作には約1年をかけ、記事の執筆からレイアウトの洗練まで、細部にまでこだわり抜いています。ウィスラー氏自身がデザインを手がけ、その「マキシマリスト」なエネルギーを込めながらも、洗練されたバランス感覚を保つことを目指しています。
困難を乗り越えて:パンデミックと持続可能性
Issue 2の制作時には、パンデミックの影響やBrexit後のルール変更、アメリカの郵便料金高騰などが重なり、プロジェクトが破綻しかける危機に直面しました。しかし、ファンからのReprint Campaignへの支援により、プロジェクトは危機を乗り越えることができました。この経験から、ウィスラー氏は年次発行というアプローチを採用し、読者への過度な負担を避けつつ、各号のリリースを特別な「イベント」として位置づける戦略をとっています。
APWOTが示す価値:スローメディアと深い考察
読者との関係性:共感と期待
APWOTは、単なるゲーム雑誌にとどまらず、ゲームを作る人々への敬意や、ゲームを取り巻く文化への深い洞察を読者に提供しています。「ゲームに興味がないけれど、APWOTは面白いから読んでいる」という声が届くことに、ウィスラー氏は喜びを感じています。これは、APWOTがゲームファン以外にも広くアピールできる普遍的な価値を持っていることを示唆しています。
ビジネスモデルの確立:スロープロダクションの強み
デジタルコンテンツが主流の時代において、APWOTは「意図的な遅さ」と「丁寧さ」をビジネスモデルとして確立しました。ウィスラー氏は、クリエイターが正当な対価を得ることの重要性を認識しており、自身もフリーランスとしての収入を必要としながらも、APWOTを将来的に自立可能なプロジェクトに育てたいと考えています。Kickstarterのようなクラウドファンディングプラットフォームは、多くのクリエイティブなプロジェクトを可能にする強力なツールであり、APWOTの成功に不可欠な存在となっています。
今後の展望:持続可能なクリエイティビティ
APWOTは、今後も年次発行というペースを維持し、読者の期待に応えながら、ゲームの芸術性や文化を深く掘り下げるコンテンツを提供し続けるでしょう。ウィスラー氏は、自身が情熱を注ぐこの仕事からクリエイティブな自由を得ていることに感謝し、宇宙から「ノー」と言われるまで、APWOTを長く続けていきたいと語っています。また、将来的には、クラウドファンディングモデルから脱却し、独自のプラットフォームで読者と直接繋がることも視野に入れています。