
研修だけでは不十分? 日米英3カ国調査で判明、現場の「イノベーション能力」とのギャップ
多くのビジネスパーソンが経験する「義務研修」への憂鬱。設定されたシナリオや、実務とかけ離れた内容の研修に時間を費やしても、現実に直面する課題が解決されるわけではない。このような、形式的で実効性の低い研修が、組織が真に必要とするイノベーション能力の育成を妨げている現状が、カナダ、米国、英国の3カ国で行われた最新の調査で明らかになった。
研修の実態とイノベーション能力のギャップ
研修の8割が「実務に役立たず」
InceptionUが実施した「Unlocking the Capability to Innovate」と題されたこの調査には、3,000人以上の労働者が参加した。調査結果によると、過去1年間に研修を完了した労働者の81%が、その研修が実際の仕事に役立ったとは感じていない。これは、労働者が多くの時間を学習環境に費やしているにもかかわらず、実務で必要とされる能力が向上していないという、深刻なギャップを示している。
「メタスキル」の重要性を見落とす研修
現代のビジネス環境では、テクノロジーの急速な進化により、直線的なキャリアパスは過去のものとなりつつある。このような状況下で、批判的思考、協働、適応力といった「メタスキル」の育成が不可欠となっている。しかし、多くの研修は、これらの実践的なスキルを育むのではなく、単なる知識の伝達に留まっている。
イノベーションへの5つの「アーキタイプ」
本調査では、労働者が変化にどのように対応するかを分類する5つの「イノベーションアーキタイプ」が定義された。これらは、人々がイノベーション準備のどの段階にいるかを理解するための視点を提供する。例えば、「ビルダー(アイデアを実行に移し、次を形作る者)」は研修が役立ったと回答する割合が高い一方、「デストロイヤー(損失を最も被ると感じる変化に抵抗する者)」は低い結果となった。
「協働」能力の欠如が顕著に
調査結果で最も顕著だったのは、「協働」能力のギャップである。労働者の約半数(44%)が、最も強化したいスキルとして協働を挙げ、半数以上(53%)が職にとどまる理由として、共に働く人々や支援してくれるリーダーを挙げている。これは、労働者が研修よりも、共に学び、成長できる職場環境にモチベーションを見出していることを示唆している。
若手世代の「準備不足」と「過剰な動機」
ジェネレーションZのジレンマ
特に注目すべきは、ジェネレーションZ(1997年~2012年生まれ)の労働者が、他の世代と比較して変化に対してより慎重で、不確実性を避ける傾向があることだ。彼らは「デストロイヤー」に分類される割合が40%高く、変化への適応に課題を抱えている。しかし、彼らは「定期的に意欲的で仕事に熱中している」と回答する割合も最も高く、意欲はあるものの、実務経験や不確実な状況への対応機会が不足していることが示唆される。
実践経験の不足が自信を阻害
ジェネレーションZが不確実性を危険と感じやすいのは、彼らがリモートワークやハイブリッドワークの時代に労働市場に入り、同僚の意思決定を観察したり、実践的な問題解決の機会を得たりする経験が少なかったためである。このような経験不足は、変化への自信と適応力を低下させる。
イノベーション能力育成の鍵:実践と協働
「学び」を「仕事」に組み込む
本調査は、労働者がスキルを実践し、サポートを受けながら不確実性に対処し、応用経験を通じて自信を築くことで、より効果的になることを示している。研修が単なる追加業務となり、成長につながらない場合、それは離職の理由にもなり得る。企業は、学習を仕事の一部として設計し、労働者が変化の目的を理解し、新しいアプローチを試す機会、そして実践的な課題を通じて準備を整える環境を提供する必要がある。
「チームスポーツ」としてのイノベーション
イノベーションは、個人の能力だけでなく、チームとしての協働によって推進されるべきである。アイデアを試し、仮定を比較し、他者の存在下でスキルを練習できるような構造が不可欠となる。学習を仕事から切り離したり、個人をチームから孤立させたりする研修は、能力育成の条件を満たさない。カナダの企業にとっては、イノベーションは「チームスポーツ」であるという戦略的な認識が求められる。
考察:イノベーションの本質は「能力」にあり
研修中心主義からの脱却
今回の調査結果は、イノベーション能力の育成において、従来の「研修中心」のアプローチが限界に達していることを鮮明に示している。多くの組織では、研修の実施をもって「変革への準備」としているが、その実効性は低い。真のイノベーション能力は、座学やeラーニングだけでは育まれず、むしろ、実践的な挑戦、試行錯誤、そして他者との協働を通じて醸成される。この事実は、特に急速な変化に対応が求められる現代において、組織の戦略立案と人材育成のあり方に根本的な見直しを迫るものである。
「協働」をハブとした組織文化の醸成
調査で浮き彫りになった「協働」能力のギャップは、単なるスキルの問題ではなく、組織文化に根差した課題である。イノベーションは、個々の天才の閃きではなく、多様な視点や知識が融合するチームワークから生まれる。組織は、従業員が安心してアイデアを共有し、失敗を恐れずに挑戦できる心理的安全性の高い環境を整備する必要がある。これにより、個々の「メタスキル」が最大限に発揮され、組織全体のイノベーション力が向上するだろう。特に、若手世代に対しては、彼らが持つ意欲を実際の経験に結びつけるための、意図的かつ実践的な育成プログラムが不可欠である。
「能力」こそが国家レベルの競争力
カナダがイノベーション経済の強化を目指す中で、この調査結果は、技術や資本、インフラへの投資だけでなく、日々の職場環境における「能力」育成の重要性を強調している。個々の労働者が不確実性を乗り越える経験を積むことで、組織や社会全体の適応力と競争力が高まる。これは、国レベルでのイノベーション戦略においても、人材の「能力」こそが真のインフラであり、将来の競争力を左右する鍵であることを示唆している。