乳がん骨転移の鍵は「代謝と免疫」の連携にあり:予後予測モデルと新治療標的の可能性

乳がん骨転移の鍵は「代謝と免疫」の連携にあり:予後予測モデルと新治療標的の可能性

テクノロジー人工知能医療乳がん骨転移代謝免疫微小環境腫瘍学

乳がんが骨に転移する「乳がん骨転移(BCBM)」は、進行乳がん患者さんの死亡原因の大きな部分を占めます。この転移の進行は、がん細胞が自身のエネルギー代謝を変化させること(代謝再構築)や、がん細胞を取り囲む免疫細胞の環境(免疫微小環境)の変化と深く結びついていますが、両者の関係性はまだ完全には解明されていません。最近の研究では、RNAシーケンスデータと臨床情報を用いて、BCBM患者さんの予後と関連する代謝経路が調査されました。その結果、アミノ酸代謝、補因子・ビタミン代謝、二次代謝産物代謝の3つの代謝経路が、患者さんの生存期間(OS)と有意な関連があることが明らかになりました。これらの代謝経路の活性が高いほど、OSが良好である可能性が示唆されています。また、これらの代謝経路間には複雑な相関関係が見られ、BCBM特有の代謝特性が浮き彫りになっています。さらに、アミノ酸代謝の活性は特定の免疫細胞、例えば中心記憶T細胞の浸潤と正の相関を示し、補因子・ビタミン代謝は活性化CD4+ T細胞の浸潤と関連がある可能性が示唆されました。

代謝経路に基づくBCBMのサブタイプ分類とその免疫微小環境との関連

3つの主要な代謝経路の活動レベルに基づいて、BCBM患者さんは2つの異なる代謝サブタイプ(C1およびC2)に分類されました。C1サブタイプは全体的な代謝活動が高く、特に補因子・ビタミン代謝とアミノ酸代謝が優位でした。一方、C2サブタイプは二次代謝産物代謝がより活発でした。生存解析では、C1サブタイプの方がOSが良好である傾向が見られましたが、サンプル数の制約から統計的な有意差は確認されませんでした。免疫微小環境の観点からは、C1サブタイプはC2サブタイプと比較して、間質(腫瘍を支える組織)のスコアが高く、腫瘍自体の純度は低い傾向が示されました。さらに、γδT細胞やヘルパーT細胞といった特定の免疫細胞の浸潤レベルにも有意な差が見られ、代謝サブタイプの違いがBCBMの免疫状態に影響を与えることが示唆されました。

代謝関連遺伝子クラスター(MRG)の同定と予後予測能

代謝サブタイプ間の遺伝子発現の違いを分析することで、3つの代謝関連遺伝子クラスター(MRG1~MRG3)が特定されました。これらのクラスター間で代謝活性に違いが見られ、特にMRG2は全体的な代謝活性が最も高く、MRG3は補因子・ビタミン代謝が際立っていました。生存解析の結果、MRG2は他のクラスターと比較して有意に良好な予後を示し、MRG分類が患者さんの生存期間を効果的に区別できることが明らかになりました。興味深いことに、予後が最も良好なMRG2は、統計的に有意な差をもって最も低い免疫スコアと最も高い腫瘍純度を示しました。これは、単純な免疫細胞の数だけでなく、免疫抑制細胞の浸潤など、免疫微小環境の質が予後に影響している可能性を示唆しており、従来の「免疫スコアが高いほど予後が良い」という一般的な見解とは異なる視点を提供します。

予後予測リスクモデルの構築と薬剤感受性

複数の機械学習アルゴリズムを用いた解析により、ADAM12、ALDH1A1、TLE3、PGRという4つの重要な遺伝子が特定され、これらを用いてリスクスコアを計算するモデルが構築されました。このモデルに基づき患者を「高リスク群」と「低リスク群」に分けたところ、低リスク群の患者は有意に良好な生存期間を示しました。このリスクモデルは、1年、3年、5年後の生存率を予測する上で高い精度を持つことが確認されています(AUC値がそれぞれ0.963、0.763、0.861)。さらに、高リスク群や特定のMRG(MRG3)では、特定の薬剤(Sabutoclax、Staurosporineなど)に対する感受性が高いことが示唆され、個々の患者さんに合わせた最適な治療法の選択に繋がる可能性が示されました。

単一細胞RNAシーケンス(scRNA-seq)によるALDH1A1とマクロファージの役割解明

BCBMの単一細胞レベルでの詳細な解析(scRNA-seq)により、細胞間の複雑な相互作用が明らかになりました。特に、予後予測に重要とされる遺伝子の一つであるALDH1A1は、マクロファージという免疫細胞において最も顕著に発現していることが分かりました。これは、「ALDH1A1を発現するマクロファージ」がBCBMの進行に重要な役割を果たしている可能性を示唆しています。ALDH1A1の発現レベルが高い細胞と低い細胞間、また代謝活性の違いによる細胞間でのコミュニケーションを解析した結果、MIFおよびMHC-IIシグナル伝達経路がこれらの相互作用において中心的な役割を果たしていることが判明しました。さらに、マクロファージ自体の分化過程を追跡した解析では、ALDH1A1の発現がマクロファージが成熟していく過程で、特に中間段階で増加することが示され、ALDH1A1がマクロファージの機能や代謝を調節している可能性が示唆されました。

代謝と免疫の相互作用から紐解くBCBMの複雑性

本研究は、乳がんの骨転移(BCBM)において、代謝経路と免疫微小環境が複雑に絡み合っていることを明らかにしました。アミノ酸代謝、補因子・ビタミン代謝、二次代謝産物代謝といった経路が患者さんの予後と関連するという発見は、がん細胞だけでなく、その周囲の環境全体の代謝を理解することが重要であることを示しています。特に、予後が良いとされるグループ(MRG2)で免疫スコアが低いという逆説的な結果は、免疫細胞の数だけでなく、その質や機能、そして代謝との相互作用が、BCBMの予後を決定する上でより重要であることを示唆しています。例えば、免疫を抑制する性質を持つTreg細胞やマクロファージが、腫瘍の進行や治療への抵抗性に影響を与えている可能性が考えられます。

ALDH1A1とマクロファージ:BCBM治療の新たな標的となる可能性

単一細胞レベルでの解析から、ALDH1A1という遺伝子がマクロファージで高発現し、細胞間のコミュニケーションにおいて重要な役割を果たしていることが明らかになりました。ALDH1A1は、がん幹細胞(CSC)のマーカーとしても知られており、BCBMにおけるその高発現は予後不良と関連している可能性があります。マクロファージは腫瘍微小環境で多様な役割を担いますが、ALDH1A1を発現するマクロファージが、どのように免疫を抑制し、腫瘍の進行を助けているのか、その詳細なメカニズムの解明が待たれます。ALDH1A1を介したマクロファージとの相互作用を標的とすることは、BCBMに対する新しい治療戦略につながる可能性があります。

将来的な治療戦略への展望:代謝・免疫連動型アプローチの重要性

本研究で開発された代謝リスクモデルは、BCBM患者さんの予後を予測する上で有用であることが示されました。さらに、特定の代謝サブタイプや遺伝子クラスターと薬剤感受性との関連が示唆されたことは、個々の患者さんに最適な治療法を選択する「個別化医療」の実現に向けた重要な一歩となります。今後は、これらのバイオマーカーを用いて患者さんを層別化し、それぞれのグループに最適な治療法(例えば、免疫療法と代謝を標的とする薬剤の組み合わせなど)を検討していくことが重要になるでしょう。BCBMの治療において、代謝と免疫の相互作用に着目した治療戦略の開発は、既存の治療法では効果が限定的であったり、再発してしまったりする課題を克服する鍵となるかもしれません。

画像: AIによる生成