ジャーナリズムDEIは後退? 2020年の「人種再考」から見えた現実

ジャーナリズムDEIは後退? 2020年の「人種再考」から見えた現実

キャリア職業倫理ジャーナリズムDEI多様性公平性包括性

2020年のジョージ・フロイド氏殺害事件とそれに続く全米規模のブラック・ライブズ・マター運動は、ジャーナリズム界に「人種の再考」を促しました。この動きを受けて、メイナード・ジャーナリズム教育研究所(MIJE)には、ニュースルームからの多様性研修の依頼が殺到しました。しかし、2025年現在、その需要は激減し、ジャーナリズムにおけるDEI(多様性、公平性、包摂性)への取り組みは、期待された「再考」から「後退」へと移行しているようです。本記事では、このDEIへの取り組みの後退とその背景、そして今後の展望について、元記事の情報を基に分析します。

DEIの取り組みとその現状

2020年の「人種再考」と研修需要の急増

2020年、MIJEのような機関は、ニュースルームからの多様性研修の依頼で多忙を極めました。MIJEは1977年に設立された非営利団体で、ニュースにおける「公平性、帰属意識、多様性」に焦点を当てています。2020年には、MIJEの共同エグゼクティブディレクターであるマーティン・レイノルズ氏が1ヶ月で20件ものニュースルーム研修を実施し、2020年から2022年にかけて、研修業務だけで120万ドルの収入を得ました。

需要の崩壊とDEIへの取り組みの後退

しかし、2025年現在、MIJEは多様性研修からの収入をゼロと見込んでいます。これは、DEI研修への需要が劇的に減少したことを示しています。この傾向はニュースルームに限らず、全米規模で広がっており、DEIプログラムが差別を助長すると考える人が約30%に達するという調査結果もあります。S&P 500企業が年次報告書で「多様性、公平性、包摂性」に言及する割合も、2024年と比較して60%近く減少しました。

ニュースルームにおけるDEI関連の職務の変遷

2020年から2024年の間に、人種、多様性、公平性に関連する169のフルタイムのジャーナリズム職が募集・採用されました。これらの職務の多く(62%)は記者職であり、ニュースルームの運営や文化に直接的な影響を与える権限を持たないポジションでした。また、これらの職務の78%は2020年から2022年にかけて創設されており、2023年以降は新規のDEI関連職の創設が減少傾向にあります。現在も59%の職務は存続していますが、34%は廃止されています。

DEI研修と専門機関の対応の変化

MIJEだけでなく、他のDEI研修機関も需要の減少を経験しています。ポインター・インスティテュートでDEI研修を担当していたドリス・トゥルオン氏は、2020年当初は「数十年にわたる不平等と資源不足に対する魔法のような解決策」を期待する声があったと述べています。近年では、研修の依頼はより具体的で専門的な課題に対応するものへと変化しており、組織は人材の採用・維持戦略、インクルーシブ・リーダーシップ、効果的かつ責任あるDEIの推進方法、データ活用による地域社会のニーズの反映などに焦点を当てるようになっています。

DEIへの取り組みの後退が示唆するもの

「人種再考」から「後退」へ:政治的・社会的な背景

DEIへの取り組みの後退は、トランプ政権による多様性推進策への反対運動や、DEIプログラムが差別を助長するという認識の広がりなど、政治的・社会的な背景と無関係ではありません。多くの企業がDEIに関する言及を減らし、関連部署を廃止する動きも見られます。このような状況下で、DEIに関する取材を行うことさえ困難になり、情報提供者は報復や自身のキャリアへの影響を恐れて匿名での情報提供を希望するケースが多く見られました。

表面的な変化と本質的な課題:雇用と賃金の不均衡

DEIへの取り組みが、表面的な変化に留まっている可能性も指摘されています。特に、DEI関連の職務の多くが権限の少ない記者職であったことや、予算削減時には新規採用されたマイノリティの従業員が最初に解雇される傾向にあることは、構造的な課題を示唆しています。また、ジャーナリズム業界における賃金格差も深刻であり、特に有色人種のジャーナリストは、白人男性の同僚と比較して低い賃金を受け取っているケースが多く報告されています。賃金格差の是正は、DEIの推進と人材定着に不可欠ですが、多くの企業はコスト増加を懸念して昇給に消極的です。

言葉だけを変えても効果は限定的

DEIという言葉が避けられるようになり、「インクルージョン&ビロング」や「HRインクルージョン」といった表現に置き換えられる動きも見られます。しかし、ジャーナリズムの現場では、言葉の定義やその背後にある思想が重要であるため、単に言葉を変えるだけではDEIの本質的な目的を達成することは困難です。2020年にニュースルームが約束したDEIへのコミットメントは、社会情勢の変化によって無視されるべきではなく、多様なニュースルームと包摂的な報道への取り組みは、ジャーナリズムの使命そのものであるという認識が重要です。

今後の展望

DEIへの取り組みが後退する中で、ジャーナリズム業界は、表面的な変化ではなく、より本質的な課題に取り組む必要があります。賃金格差の是正、意思決定権を持つポジションへの多様な人材の登用、そして報道内容における多様な視点の反映は、ジャーナリズムが社会から信頼され、その使命を果たし続けるために不可欠です。DEIへの取り組みは、単なる「追加的なもの」ではなく、ニュースルームの根幹をなすものであり、その mission に不可欠な要素として位置づけられるべきです。

画像: AIによる生成